今回取り上げるのは、長野市松代町の玄関口として、長年にわたり地域の暮らしを支えてきた「松代駅」です。
通学する中高生や地域の人々の足として親しまれてきましたが、2012年に惜しまれつつ廃線となりました。その後も駅舎は地域のシンボルとして残されてきましたが、現在、「解体される方針」が打ち出されています。
本記事では、その背景と、今後に向けた可能性についてお伝えします。
はじめに
松代駅は、かつて長野電鉄河東線(後の屋代線)の主要駅として、約90年にわたり地域の交通を支えてきました。
廃線後も駅舎は撤去されることなく保存され、今なおその姿をとどめています。
松代駅
この洋風木造駅舎は、大正時代に建てられたものがほぼ原形のまま残されており、全国的にも希少な近代建築のひとつです。
地域の人々にとっては、単なる建物ではなく、「松代の顔」とも言える存在です。
しかし現在、この歴史的建築物は老朽化や耐震性の問題を理由に、「解体」の方針が示されています。
確かに老朽化は著しく、安全面を考慮すれば、解体という選択肢が議論に上るのも理解できます。
それでもなお、こうした貴重な歴史的建造物を安易に取り壊すことは、避けるべきだと考えます。
現在、この方針に懸念を抱いた有志により、松代駅を守るための署名活動も始まっています。
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松代駅 ホーム側から
なぜ松代駅を残すべきか
1. 地域の歴史と文化を象徴する建物だから
松代は真田家ゆかりの城下町であり、文化・観光資源が豊かな地域です。
その玄関口である松代駅は、町の成り立ちや交通の歴史を今に伝える数少ない現存建築物のひとつです。
この駅舎が町に残っていることそのものが、地域の「格」や「歴史の厚み」を支える要素となっています。
2. 全国的にも希少な長野電鉄の現存駅舎だから
長野電鉄には、開業当初の姿を残す駅舎が複数存在しますが、松代駅もその一つです。
100年以上にわたり地域とともに歩んできた歴史を持つこの建物は、鉄道遺産としても非常に価値があります。
こうした駅舎群は、全国的にも保存活用の模範となる可能性を秘めています。
3. 観光とまちづくりの拠点となる可能性があるから
駅舎を単なる建物としてではなく、カフェ・ギャラリー・観光案内所などに再活用することで、地域に新たなにぎわいや人の流れを生み出すことができます。
実際、旧駅舎をリノベーションして地域活性化に成功している事例は、全国に多数あります。
4. 地域の記憶と誇りが詰まっているから
松代駅は、通学や通勤、旅の出発点や帰り道として、何世代にもわたって人々の暮らしに寄り添ってきました。
大正時代に建てられ、戦時中も、高度経済成長期も、長野オリンピックも——
目まぐるしく変わる松代の風景を、駅舎は静かに見守り続けてきたのです。
この場所を失うことは、単なる建物の喪失にとどまらず、地域の「記憶」そのものを削り取ることに他なりません。
この味わい深いフォントが歴史を物語っている
最後に
松代駅は、町の玄関口として長年にわたり人々を迎えてきた、かけがえのない文化遺産です。壊すのは一瞬ですが、失われたものは二度と戻りません。
耐震補強や曳家による移設など、実現可能な代替策を含めて、駅舎の保存と活用について再検討する余地があるのではないでしょうか。
松代駅に限らず、桐原、朝陽、村山、中野松川、信濃竹原、信濃川田(廃駅)など、長野電鉄には開業当時の姿をとどめた貴重な木造駅舎がいくつも残されています。これらの駅も、できることなら改築せず、今後も歴史的景観を守っていってほしいと願います。
今こそ、未来に残すべき価値あるものに目を向け、地域の誇りとして、この風景を次の世代へ受け継ぐ時です。
天井が高く、開放感のある待合室。屋代線の多くの駅が無人化される中、松代駅は最後まで駅員が配置されていた唯一の駅であり、昔ながらの硬券によるきっぷの発券が続けられていた。
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