岡谷南高校は、かつて諏訪地域の有力な進学校の一つでした。しかし現在ではその存在感が薄れ、岡谷東高校との統合が決定し、終焉を迎えようとしています。
本記事では、岡谷南高校が現在に至るまでの経緯を振り返るとともに、もし英語科ではなく理数科を設置していれば異なる未来があったのではないかという視点から考察します。
1. 岡谷南が3番手校に甘んじた背景
諏訪地域では、
- 諏訪清陵高校がトップ校
- 諏訪二葉高校が2番手校
- 岡谷南高校が3番手校
という序列が定着しています。岡谷南が二葉を超えることなく3番手に甘んじた要因として、以下の点が挙げられます。
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男子校だった歴史
- 岡谷南はかつては男子校で、1979年の共学化により女子生徒の受け入れを開始した。
- しかし、女子生徒にとっては古くから女子教育で名高い二葉が優先される傾向は変わらず、清陵に次ぐ学校として二葉の地位が確立されてしまった。
【参考:過去記事】
諏訪地域の高校序列の変遷と偏差値の推移—共学化と進学動向の歴史を追う
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英語科の設置(1994年)
- 学校の特色化を図る施策として設置されたと考えられるが、現在は閉科していることから、その施策は長期的な成功にはつながらなかった。
- 英語科は理系志望の生徒にとっては魅力が乏しく、本来進学校が引き付けるべき理系志望の優秀層を取りこぼしてしまった。
【参考:過去記事】
英語科はなぜ衰退したのか? 〜その背景と今後の展望〜 中野西 軽井沢 岡谷南 松本県ヶ丘
2. 理数科の設置がもたらした可能性
岡谷南高校は、以下の理由から英語科ではなく理数科を設置すべきだったと考えます。
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理系志望の生徒を惹きつけられた
- 岡谷南は共学化後もしばらく男子生徒が多い傾向にあり、理数教育の需要はあったと考えられる。
- 一般的に、レベルの高い学校ほど理系の比率が高く、大学進学実績の柱も理系が支えることが多い。
- 理数科を設置し、優秀な理系志望の生徒を集めて実績を伸ばせば、二葉を超える可能性は十分にあった。
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広域から優秀な生徒を集められた
- 岡谷南は諏訪地域だけでなく、松本や伊那方面からのアクセスも良く、広域から通学しやすい立地環境にある。
- 特に松本には理数科設置校がなかったため、理系志望の優秀な生徒を集める上で有利な条件を備えていた。
- 実際に、理数科を設置して成功した屋代高校も似た立地環境であることを考えれば、岡谷南も同様の結果を得られた可能性がある。
【参考:過去記事】
屋代高校理数科はなぜ成功したか?
3. 中高一貫校になった可能性
長野県の県立中高一貫校は、県の方針により東北信と中南信にそれぞれ1校ずつ設置され、屋代高校と諏訪清陵高校が選定されました。
- 東北信:屋代高校
- 中南信:諏訪清陵高校
選定基準は、広域からの通学可能性と学校レベルの2つの観点と考えられます。中南信においては、学校レベルの観点を重視した結果、清陵が選定されたのでしょう。しかし、松本や伊那方面からの通学を考慮すると、岡谷南のほうが優位であることは明白です。もし岡谷南が進学校としてのレベルを高めていれば、中高一貫校として選定された可能性もあったと考えられます。
- 清陵は地域トップ校で実績は申し分ないものの、松本や伊那方面からの通学には距離があり、広域からのアクセス性には課題がある。
- 岡谷南は松本・伊那方面からも比較的通いやすく、地理的な優位性はあるものの、学校レベルの面で中高一貫校の対象とするには不足が否めない。
- もし理数科を設置し、進学校としてのレベルを高めていれば、中高一貫校として選定される可能性があった。
まとめ
✔ 岡谷南高校は英語科設置などの施策がかみ合わず、進学校としての存在感は薄れていった
✔ もし理数科を設置していれば、広域から優秀な生徒を集め、諏訪地域の2番手校としての地位を確立できていたかもしれない
✔ さらに、進学校としてのレベルを高めることができていれば、統合どころか中高一貫校として存続する未来があった可能性もある
今となっては「もし」の話に過ぎませんが、岡谷南が持っていたポテンシャルを考えると、非常に惜しい選択をしてしまったように感じます。学校運営の選択が、長期的に見て学校の存続に大きな影響を与えてしまったのではないでしょうか。
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