先日、伊那北高校と伊那弥生ヶ丘高校の統合について触れましたが、同じく佐久市の野沢北高校と野沢南高校も統合することが決まっており、佐久新校(仮称)として2029年の開校を目指して準備が進められています。
関連記事:【統合】伊那北高校と伊那弥生ヶ丘高校 - 地域トップ校にも及んだ少子化の波 –
参考:佐久新校(仮称)再編実施基本計画
野沢北高校は地区トップ校であり、その統合は関係者に大きな衝撃を与えたことでしょう。
では、なぜこの2校は統合に至ったのでしょうか。私は大きく2つの要因があると考えています。
私立・佐久長聖の影響
まず挙げられるのは、佐久長聖高校の存在です。佐久長聖は野球や駅伝などスポーツの名門校として全国的に有名ですが、近年は東大や医学部合格者を輩出するなど、進学実績でも高い評価を得ています。さらに中学校もあるため、地域の優秀な生徒を中学から取り込むことで、公立高校の進学者数に影響を与えていると考えられます。この流れは野沢北高校の志願者減少に少なからず関与しているでしょう。
旧12学区制の廃止による影響
もう一つの要因として、旧12学区制の廃止があります。かつて佐久地域は第6学区に属し、佐久市、小諸市、北佐久郡、南佐久郡をエリアとしていました。しかし、学区拡大により、特に軽井沢や御代田、小諸市の生徒が上田市の高校を選択しやすくなりました。
この地域の生徒が野沢北・野沢南を選ぶ場合、小諸駅から小海線に乗り換え、中込駅まで行く必要があります。さらに駅から学校までの距離も2.0kmと長いです。一方、上田の場合は、しなの鉄道一本で通学可能です。特に上田高校は駅からのアクセスも良好です。この通学の利便性の違いが、佐久地域の公立高校に大きな影響を与えました。
上田高校へどのくらい流出したか
上田高校の平成28年度学校要覧には、当時の出身中学校ごとの生徒数が記載されていました。
小諸市、御代田町、軽井沢町の中学校の出身者数(3学年合計)は以下のとおりです。
- 小諸東中(小諸市):35人
- 芦原中(小諸市):30人
- 御代田中(御代田町):41人
- 軽井沢中(軽井沢町):48人
各中学校から、1学年あたり10~16人程度が上田高校に進学していることになります。
これらの中学校の規模は1学年あたり150~230人程度であるため、上田高校への進学率は1割弱にあたり、決して少なくありません。このことから、小諸市から軽井沢町にかけてのしなの鉄道沿線では、学力上位層の多くが野沢北高校ではなく上田高校を選択する傾向が一般的になっていることが分かります。
なお、これらの人数は平成28年度のデータに基づいていますが、現在もこの傾向に大きな変化はないと推測されます。
統合校の校地は野沢北…だが本当に最適か?
統合にあたり、新校の校地は野沢北が使用されることになりました。しかし、この決定は果たして適切だったのでしょうか?
野沢北高校は最寄りの中込駅から約2.0kmと遠く、電車通学の生徒は徒歩約25分または自転車での移動を強いられます。特に雨や雪の日の安全性が懸念されるため、最寄り駅からの距離は大きな問題です。
統合は校地を見直す良いきっかけだったと思っています。しかし、最終的に野沢北の校地が選ばれました。
当初は駒場公園南側の敷地活用案があったももの、頓挫したようです。新しい校地が難しいことはわかりますが、それならより駅に近い野沢南を校地に選定してもよかったのではないかと思うのです。野沢南も中込駅から1.7kmと近いとは言えないですが、毎日の通学を考えるとこの300mの差は大きいです。
2校で校地選定の検討はしたようですが、評価では車でのアクセスの良さが重視され、多くの生徒にとって重要なはずの「中込駅からの近さ」は軽視されているように感じました。
統合校地の選定は形だけの評価に終わった印象が否めず、本当に生徒目線で優先すべき点を考慮して選定したかは疑問が残ります。
岩村田高校の今後の可能性
今回の統合により、新校の学力レベルは現在の野沢北の水準を維持することが難しくなるでしょう。その結果、新校と岩村田の差が縮まり、これまで野沢北を選んでいた生徒の一部が岩村田高校を選択することも考えられます。岩村田高校は駅からのアクセスが良く、利便性の高さが評価されるでしょう。
さらに、しなの鉄道沿線だけでなく、小海線沿線の生徒も上田高校を選ぶ流れが強まり、佐久地域の公立高校の勢力図は今後大きく変化していくかもしれません。
野沢北というブランド
野沢北高校は、宇宙飛行士の油井亀美也さんや映画監督の新海誠さんを輩出した名門校です。統合は決して学校の終わりを意味するものではありませんが、その名前がなくなるのは、やはり寂しさを感じます。時代の流れとはいえ、一つの歴史が幕を閉じることに複雑な思いを抱く人も多いのではないでしょうか。
コメント