「73人不合格」と「40人定員割れ」──松本四校で起きた“分断”の正体

地域別の学校研究

令和8年度の長野県公立高校入試で、ひときわ目を引く数字があった。
松本美須々ヶ丘高校の定員割れ、40人。
再募集をかけても、志願したのはわずか8人にとどまった。

蟻ヶ崎73人、美須々40人——同じ松本で何が起きたのか

松本市には「松本四校」と呼ばれる公立高校がある。松本深志・松本県ヶ丘・松本蟻ヶ崎・松本美須々ヶ丘の四校だ。
今年の入試では、この四校の中できわめて対照的な結果となった。

2026年度長野県公立高校後期選抜試験結果 抜粋
学校名 学科 募集人員 受検者数 入学予定者数 不合格者数 倍率
松本深志 普通 280 308 280 28 1.10
松本県ヶ丘 ※ 普通・探究 256 295 264 31 1.15
松本蟻ヶ崎 普通 280 354 281 73 1.26
松本美須々ヶ丘 普通 280 240 240 0 0.86

※松本県ヶ丘は学科志望順位に基づく合否判定が行われるため、学科別の不合格者数は算出せず、学校全体で集計

 

深志と県ヶ丘は例年並みの志願状況で推移し、蟻ヶ崎はその中でも際立って倍率が高く、73人もの不合格者を出した。

一方で、美須々ヶ丘は定員を大きく下回る結果となった。 この“倍率の上昇”と“定員割れ”が同時に起きたことこそ、今年の入試を特徴づける構造的な変化だと私は考えている。

私立無償化元年という文脈

令和8年度から、国の就学支援金制度が拡充され、私立高校の授業料負担が大きく軽減された。
長野県でも対象が広がり、「公立のほうが安い」という前提が揺らいだ年である。

一方で、私立一般入試の確定値は公表されていないため、「どれだけ私立に流れたのか」を直接示すデータはない。

推薦入試の結果は確認できるが、中信地区の主要私立四校(松商学園・松本第一・松本国際・東京都市大塩尻)では、いずれも大きな増加は見られない。少なくとも推薦段階に限れば、「私立流入」は数字に表れていない。

つまり、 “公立から私立へ大量流出した”と明言はできない。しかし、公立側で何かが確実に変わった。

蟻ヶ崎の高倍率が示すもの

ここで、蟻ヶ崎の「73人不合格」という数字に戻りたい。 まずは、この背景にある受験者数の推移を確認しておきたい。 下のグラフを見ると、両校はこれまで一定の差を保ちながら推移してきたが、今年はその関係が大きく崩れていることがわかる。

昨年までであれば、蟻ヶ崎を志望する生徒は 「蟻ヶ崎に行きたいけれど、厳しそうなら美須々へ」という“安全圏”を意識して出願していたはずだ。

  • 蟻ヶ崎は難しいかもしれない
  • でも美須々なら受かる → だから出願先は慎重になる

こうした“保守的な出願行動”が働いていた。

ところが、無償化によって状況が変わった。

「落ちても私立がある」。 この選択肢が現実味を帯びたことで、受験生は強気に出願できるようになった。

「可能性があるなら蟻ヶ崎を受け、落ちたら私立でいい」
この判断が、今年の蟻ヶ崎の高倍率を生んだ可能性が高い。

そして、この変化は美須々の再募集にも影響している。 美須々が再募集をかけても、志願したのはわずか8人だった。

公立の再募集は、私立の入学手続き締め切りより後になることが多い。 併願で私立に合格している受験生は、再募集を待たずに私立への進学を決めてしまう——そういう事情もあるだろう。

再募集に応募した8人というのは、
そもそも私立の併願を持っていなかったか、
あるいは併願の私立を放棄してでも美須々を希望した受験生に限られる。
そう考えると、志願者がわずか8人にとどまったことにも納得がいく。

私立無償化によって併願という選択肢が広がり、再募集の機能が実質的に弱まったとすれば、これもまた今年の変化の一端である。

蟻ヶ崎で生まれた73人の不合格者が美須々に流れなかったことは、定員割れの背景の一つである。
挑戦的な出願が強まり、安全圏としての美須々の役割が弱まったことは、まさにその構造変化の表裏と言える。

「志望の強さ」と「コスト」の交差点

今回の入試結果は、公立高校を選ぶ際の 「志望の強さ」と「コストの条件」 の関係が、 無償化によって大きく変化したことを示している。

深志・県ヶ丘・蟻ヶ崎の3校には、 私立が無償化されても「この学校に行きたい」という、 揺らがない志望の強さがあった。 つまり、無償化されても公立を選ぶ“強い志望”が保たれるラインが、今年はこの3校までだったということだ。

一方で、美須々にも四校としてのブランドや安心感は確かにある。 ただ、受験生の選択行動という観点では、 深志・県ヶ丘・蟻ヶ崎ほどの「どうしても行きたい」という強さではなく、 これまでは「公立で安い」「四校の一つ」という条件と結びついて選ばれてきた側面がある。

無償化によってその条件が変わったことで、 “四校のブランドはあるが、無償化なら私立も現実的だ”と志望が揺らぐ境界線に美須々が位置した と考えられる。

数字が問いかけること

「松本美須々ヶ丘高校に何が起きたのか」
正直に言えば、私はまだ明確な答えを持っていない。
データは原因を断定するには不十分で、当事者の声もない。

ただ、
40人の定員割れと再募集8人という数字は、それだけで十分に雄弁だ。

私立無償化元年に、公立中堅校が「選ばれる理由」を問われ始めた。
今年の入試結果を読むうえで、これが最も誠実な解釈だと考えている。

来年以降の数字が、この仮説を裏づけるのか、それとも否定するのか。
その答えは、次の入試が教えてくれる。

【出典】長野県教育委員会
「令和8年度公立高等学校入学者選抜情報
https://www.pref.nagano.lg.jp/kyoiku/koko/saiyo-nyuushi/shiken/ko/r8/r8konyushi.html

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