長野高専はどこに置くべきだったのか

県全般

はじめに

高専は、普通科高校のように地元の学区から生徒が集まる学校ではない。県内全域、ときには県外からも学生が来る。それならば、置かれる場所は県内のどこからでも来やすい「地理的な中央」が望ましいはずだ。

ところが、長野県唯一の高専である長野高専は、県の北部にある長野市にある。南北に長い長野県で、この配置は妥当だったのだろうか。本稿では、もし長野高専を別の場所に置くとしたらどこがよかったのかを、いくつかの候補地を挙げて考えてみたい。

現状:長野市の長野高専

まず、長野市という立地にも利点はある。長野市は人口約37万人と県内最大の都市で、須坂や千曲などの周辺都市を合わせると、自宅から通える学生の母数はかなり厚い。高専は寮があるとはいえ、実際には自宅通学の学生が少なくない。通学圏の厚さは、志願者を集めるうえで大きな強みだ。

一方で、県全体で考えるとどうか。南信からはあまりに遠い。飯田から長野市までは、高速道路を使っても車で2時間以上はかかる。当然、寮生活が前提になる。それだけでなく帰省も簡単ではない。15歳で親元を離れることに加えて、家とのつながりも保ちにくいとなれば、「興味はあるけれど、そこまでして行くのは」と考える層は確実にいるはずだ。

それでも、飯田から長野高専に進学した知人はいる。県内のほぼ端から端までを越えてまで行く人がいるということは、南信にも高専への需要がある証拠だ。そしてその裏には、距離を理由にあきらめた人がもっといたはずである。

さらに言えば、長野市には信州大学工学部もある。工業系の高等教育機関が北信に2つ重なっているのは、県全体の配置として見れば偏りがあるといえる。一方で、近くにあるからこそ、高専から工学部への編入や共同研究、施設の相互利用など、両者が連携しやすいという利点もある。分散と連携のどちらを重く見るかで、評価は分かれるところだ。

候補地① 中信(松本・塩尻)

松本

県の中央に置くという観点では、松本は最も素直な案だ。県のほぼ真ん中に位置するので、北信からも南信からも、県のどの端から向かっても極端に遠くなる地域がない。加えて、人口約24万人を抱え、通学圏も厚い。

ただ、松本には信州大学の医学部を含む本部があり、すでに県の学術の中心となっている。個人的には、高専くらいは別の地域に置いて、県全体に教育の拠点を分散させたいという気持ちがある。

塩尻

そこで注目したいのが塩尻だ。塩尻なら松本の通学圏を取り込みつつ、松本への集中は避けられる。

  • 通学圏:松本から電車で15分ほど。中央本線の塩嶺トンネル経由で岡谷からは10分程度、上諏訪からでも30分ほどだ。松本と諏訪の両方を無理なく通学圏にできるのは、県内でもほぼ塩尻だけである。
  • 交通の要:中央東線・中央西線・篠ノ井線が分かれる結節点で、古くから県の交通の要衝とされてきた。県の地理的中心にふさわしい土地といえる。
  • 南信からの距離:飯田からは中央道で岡谷JCTの先、車で1時間半ほど。長野市と比べれば段違いに近い。
  • 産業:エプソンの事業所があり、岡谷・諏訪の精密機械工業とも近い。
  • 用地:比較的広い平地があり、確保の制約は小さい。

候補地② 諏訪地域(岡谷・諏訪・茅野)

岡谷・諏訪

工業高専という性格を考えれば、精密機械工業の本場である岡谷・諏訪はふさわしい場所と言える。高専が送り出す人材と地元の産業がこれ以上なく噛み合う。そして中信・南信のどちらからも来やすい。

ただし、諏訪湖畔は狭い平地に住宅や企業が密集している。高専のような高等教育機関を丸ごと置く用地を確保するのは難しかっただろう。

茅野

用地の問題を解決できるのが茅野だ。八ヶ岳山麓に広い土地があり、中央本線の特急が停まる。中央道も通っていて、諏訪地域の企業とも近い。

茅野に工学教育の需要があることは、後の歴史が証明している。茅野には東京理科大学諏訪短期大学ができ、やがて四年制の諏訪東京理科大学となり、2018年には公立大学になった。諏訪地域が自らの負担で工学系の大学を抱える道を選んだのだ。

さらに、茅野は山梨県境に近い。山梨県には高専がなく、高専を目指す山梨の中学生は県外に出るしかない。茅野なら甲府から特急で1時間弱、北杜あたりからはさらに近く、山梨の中西部にとっても有力な進学先になり得た。長野県内の配置にとどまらず、県境を越えて高専の空白地域を埋められる立地でもあったのだ。

ただし茅野には他と比べると通学圏人口が薄いという弱点がある。茅野市の人口は5万人台で、諏訪地域全体でも約19万人。松本からは通えないことはないかもしれないが、毎日5年間通うのは現実的ではない。そこまでするなら、松本の生徒は地元の普通科高校から大学を目指すだろう。県全体からの来やすさは上がっても、自宅から通える層が薄くなる分、入試の競争は今より緩やかになっていたかもしれない。

候補地の比較

主要9都市から各候補地までの車での所要時間を調べると、違いがはっきり表れる。長野市は木曽福島や飯田から2時間を超える一方、塩尻はどの都市からも1時間30分以内に収まり、平均の所要時間も最も短い。

各候補地を、通学圏・県内各地からの来やすさ・産業との結びつき・用地・学術機関の分散の5つの観点で並べると次のようになる。

候補地通学圏県内各地からの来やすさ産業との
結びつき
用地学術機関の分散
長野市(現状)◎ 厚い× 南信・木曽からはかなり遠い○○△ 信大工学部あり(ただし連携の利点も)
松本◎ 厚い◎ 県の中央付近○○△ 信大本部あり
塩尻◎ 松本と諏訪の両方◎ 県の中央付近○ エプソン、諏訪の精密工業○○
岡谷・諏訪○○◎ 精密工業の本場× 湖畔に余地なし○
茅野△ 諏訪地域中心○○○○

※評価は筆者の主観による。

まとめ:なぜ長野市だったのか

比較表の5つの観点から総合的に見ると、最もバランスがよいのは塩尻だと思う。松本の通学圏を活かしつつ、県内各地から来やすく、産業との結びつきや用地の面でも目立った弱点がない。それでいて、信州大学の本部を抱え、県の学術の中心となっている松本そのものへの集中は避けられる。

では、なぜ長野市になったのか。1960年代の国立高専の設置には、地元が敷地や設置費用を負担する「地元負担」が慣行として伴っていた。設置場所の決定には、地元がどれだけ誘致に力を入れたかも少なからず影響していたと考えられる。

もちろん、長野市の立地にも、通学生を多く確保できるという合理性はある。ただ、県内のどこからでも来やすいという高専の本来の性格を考えると、別の選択肢もあったのではないかと思えてならない。

そもそも1校で足りるのか

ここまで「1校をどこに置くか」を考えてきたが、そもそも長野県に高専が1校しかないこと自体を問うこともできる。

長野県は面積が全国4位の広い県だ。一方、電波・商船をルーツとする学校を除いて、工業高専が複数ある都道府県は、北海道・福岡・山口の3つしかない。北海道の広さや福岡の人口規模を考えれば理解できるが、人口約130万人の山口県には宇部と徳山の2校がある。人口約200万人で、県土もはるかに広い長野県が1校というのは、釣り合いが取れているとは言いがたい。

南信には諏訪・岡谷の精密機械工業という、技術者を必要とする産業の集積もある。長野市の高専はそのままに、塩尻や諏訪のあたりにもう1校あれば、通学圏の厚さと県全体からの来やすさを両立できていたはずだ。「どこに置くか」の答えは、「北と南に1校ずつ」だったのかもしれない。

数字の背景にある、信州教育の「深層」を歩く

当研究室では、地域の歴史や地理的特性から長野県の学校を独自に分析しています。活動理念や執筆者については、以下のページをご覧ください。

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