室蘭工業大学に現れたライバル 千歳科学技術大学の公立化がもたらしたもの

視点コラム

これまで当サイトでは、長野県の学校や地域を中心に取り上げてきた。

長野県の高校について調べていると、歴史や実績のある学校でも、人口減少や周辺校との競争によって、その位置づけが変わっていくことがある。学校そのものは変わらなくても、周りの環境が変われば、選ばれ方は変わるのである。

こうした変化は、大学にも当てはまるのではないだろうか。そこで今回は少し趣向を変えて、その一例として北海道の大学を取り上げてみたい。北海道の国立工業大学は道外からも多くの学生を集めており、長野の受験生にとっても無縁の存在ではない。

取り上げるのは室蘭工業大学(以下、室工大)である。私は室工大を、入試難易度の割に卒業後の進路が充実した、非常に魅力的な大学だと考えている。

その室工大を取り巻く環境が、2019年に変わった。札幌により近い千歳科学技術大学が、私立から公立へと移行したのである。

ただし、変わったのは室工大そのものではない。変わったのは、室工大が比べられる相手である。そして、その相手は受験生がどこに住んでいるかによっても違ってくる。

同じ大学でも、誰から見て、何と比べられるかによって、立ち位置は変わる。今回はこのことを、室工大を例に考えてみたい。

1. 入試難易度以上の実力を持つ室蘭工業大学

まず、室工大がどのような大学なのかを確認しておきたい。

前身の室蘭高等工業学校は1939年に設置され、1949年に室蘭工業大学となった。以来、多くの技術者を産業界に送り出してきた、北海道を代表する工業系の国立大学である。

河合塾の2027年度入試予想によれば、一般選抜前期日程の共通テストボーダー得点率は、創造工学科が41%、システム理化学科が42%。二次試験のボーダー偏差値はいずれも35.0である。国立大学の中では、比較的入学しやすい水準にある。

ところが、卒業後の進路に目を向けると印象は変わる。2024年度の学部卒業者558人のうち257人が大学院等に進学しており、進学率は46.1%に達する。2022年度までは40%前後で推移していたが、2023年度以降は上昇傾向にある。

修士課程修了者についても、同年度の就職希望者226人のうち221人が就職しており、就職率は97.8%となっている。

主な就職先には、大手建設会社や製造業、情報通信業などの企業が並ぶ。入試難易度だけで評価するのは惜しい大学だと、私は考えている。

2. 札幌から見た室蘭の絶妙な距離

では、室工大はこれまで、どのような学生に選ばれてきたのだろうか。

私は当初、「北大の次は室工大」という進学先選びがあったのではないかと考えた。しかし、北大と室工大には入試難易度に相当な開きがある。北大にわずかに届かない学力であれば、道外にも多様な進学先がある。この見方には少し無理がありそうだ。

むしろ注目したいのは、北海道という地域特有の事情である。

札幌の実家からあまり遠く離れたくないという高校生は、一定数いるはずだ。

札幌から室蘭までは、車でおおむね2時間程度。毎日通学するには厳しいが、週末に実家へ帰ることは十分に可能な距離である。これが北見や函館となると、札幌から車で4時間以上を見込む必要があり、帰省の負担は大きくなる。

つまり、札幌圏の高校生にとって室蘭は、遠すぎず近すぎない絶妙な位置にあったのだ。

室蘭は大都市ではない。ピーク時には18万人を超えていた人口も、現在は7万人台である。それでも室工大には、国立工業大学としての実績があり、札幌からの距離も許容範囲だった。札幌圏の受験生から見れば、この組み合わせこそが室工大の価値だったのではないだろうか。

札幌から無理なく帰省できる距離にある国公立の理工系大学は、長く室工大のほかに見当たらなかった。札幌近郊にも理工系の大学はあったが、いずれも私立で、学費は国立大学のおよそ2倍だったのである。

3. 千歳科学技術大学の公立化で、比べられる相手が変わった

ところが2019年、この構図に大きな変化が生じる。私立大学だった千歳科学技術大学が、公立千歳科学技術大学(以下、千歳科学技術大)へと移行したのである。

同大学は1998年に開学した理工系大学で、光学、電子、情報などの分野を中心とする。室工大と比べれば歴史は浅く、専門分野も完全には一致しない。

千歳は札幌からJRとバスで1時間かからず、室蘭よりはるかに近い。居住地によっては実家からの通学もできる。ただし、この立地は私立時代から変わっていない。それでも私立だった頃の千歳科学技術大は、2010年度以降、定員割れが続いていた。

転機は、公立化だった。公立化後は学費が国立大学と同水準になり、志願者数は私立時代の2倍以上で推移している。

札幌に近いという千歳の立地は、学費の負担が軽くなったことで、初めて十分に生きるようになったのである。

現在の入試難易度も、千歳科学技術大は室工大より高い。河合塾の2027年度入試予想では、共通テストボーダー得点率が前期日程60%、中期日程70%である。試験科目や配点が異なるので単純には比べられないが、札幌圏の理工系受験生にとって有力な選択肢であることは間違いない。

ここで大事なのは、室工大の側は何も変わっていないという点だ。札幌からの距離も、工学教育の歴史や就職実績も、そのままである。

変わったのは、札幌圏の受験生が室工大と並べて検討する相手である。「札幌からそれほど遠くない国公立の理工系」という立ち位置に、より札幌に近い大学が加わったのだ。

室蘭の立地そのものは同じでも、競争相手が現れたことで、その価値は相対的に下がったのではないだろうか。

4. ただし、影響はまだ数字に表れていない

では実際に、室工大の学生募集は変わったのだろうか。公表データで確かめてみる。

手がかりになるのは、入学者の出身地である。

大学入学者数道内出身者道内比率
室蘭工業大学597人409人68.5%
北見工業大学414人137人33.1%
公立千歳科学技術大学244人234人95.9%

千歳科学技術大は入学者のほとんどが道内出身である。一方、室工大は約3割、北見工大は約3分の2が道外等の出身だ。室工大の道内出身者比率は長期的に下がってきたが、この変化は公立化以前から進んでおり、千歳の影響だけでは説明できない。

入試難易度についても、2019年以降に下がったことを示す資料は見当たらない。そもそも室工大も同じ2019年に学科を再編しており、前後の数字を単純には比べられない。

今のところ、千歳の公立化で室工大の学生募集が悪化したとは言えない。

起きているのは、受験生が進学先を選ぶときの「比較の構図」の変化である。それが将来、数字に表れるかどうかを確かめるには、両大学への地域別の進学者数や併願の状況といった、より詳しいデータが必要だ。

5. 道外から見れば、比べる相手は北見工大

ここまでは、札幌圏の受験生の目線で考えてきた。では、北海道の外から見るとどうだろうか。ここでは長野県を例に考えてみる。

長野をはじめ道外からは、室蘭も北見も北海道への長距離移動が必要なことに変わりはない。札幌から見れば大きかった「室蘭の近さ」という強みは、道外からはほとんど意味を持たない。

そうなると、両大学はどちらも「北海道にある国立工業大学」として並ぶ。比べる材料は、入試難易度や専門分野、研究環境になる。

入試難易度は近い。河合塾の2027年度入試予想では、北見工大の前期共通テストボーダー得点率は39%で、室工大の41〜42%との差は小さい。北見工大には、寒冷地、環境、エネルギーなど、オホーツクという地域に結び付いた研究分野がある。長野県も冬の寒さが厳しい土地柄であり、長野の受験生にとっては、北見工大の研究分野のほうが親しみやすく映るかもしれない。室工大の伝統や産業界での実績とは、また異なる魅力である。

第4章の表で北見工大の道外出身者が約3分の2を占めていたことを思い出してほしい。室工大も約3割が道外等の出身である。道外の受験生にとって、この2校は実際に比べられる関係にある。

札幌から見れば、室工大の比較相手は千歳科学技術大。長野を含む道外から見れば、北見工大。

同じ室工大でも、どこに住む受験生から見るかで、並べられる大学も、強みとして評価される点も違うのである。

6. 学校の価値は「どこから見て、何と比べるか」で変わる

室工大は、今も入試難易度以上の実力を持つ大学である。大学院進学や就職の実績を考えれば、道内からも道外からも、積極的に検討する価値がある。

その室工大でさえ、自分たちは何も変わらないまま、立ち位置が変わることがある。千歳科学技術大の公立化は、札幌圏の受験生にとっての比較の構図を変えた。一方、長野を含む道外から見れば、その変化はほとんど関係がない。

これは長野県の高校にも通じる話だ。

歴史や実績のある高校でも、近くに新しい選択肢が生まれたり、通学圏の人口が減ったりすれば、進学先としての位置づけは変わる。学校自体の教育内容が変わっていなくても、「何と比べられるか」が変われば、選ばれ方も変わっていく。

学校の価値は、その学校自身だけでは決まらない。どこから見て、何と比べるかによっても左右されるのである。

だからこそ、学校を入試難易度の数字だけで測るのはもったいない。室工大にはこれからも、そうした数字では測れない価値を持つ大学であり続けてほしい。


数字の背景にある、信州教育の「深層」を歩く

当研究室では、地域の歴史や地理的特性から長野県の学校を独自に分析しています。活動理念や執筆者については、以下のページをご覧ください。

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